錦城古流北海道のあゆみ

錦城古流は江戸時代、加賀藩で誕生しました。
北海道で盛んになった理由とは…?
古流の歴史とともにご紹介します。

1.古流について

古流の祖は、「応雲国師」と伝えられていますが歴史上明らかなものとして室町時代の「相阿弥」の名が挙げられます。
(系統図)
元祖 相阿弥 (室町時代)
二代 谷川延芳
三代 谷川延林
四代 春木三応
五代 今井宗晋(一志軒)*江戸元禄期~古流の確立 
六代 安藤凉宇
七代 関本理遊(松盛斎) *江戸後期~古流の発展
八代 関本理恩
九代 近藤理晴
十代 広岡理徳
十一代 藤井理青
 
古流の中興の祖と言われる、七代関本理遊において流派形式が成立されました。
理遊は花型出版物を次々と出し古流の花型を完成させるとともに古流総帥として教授活動にも専念し全国に流派の基礎をつくりました。
理遊を引き立てた大名に加賀藩前田家があり、金沢を中心とした北陸地方にも広く普及しました。


2. 錦城古流の誕生

江戸中期、当流松野家の初代源之丞は古流を学び、「松観斎」の号を賜り松野理鶴として加賀藩(現在の金沢市)において華道を伝えていましたが、七代に至って花型に独自の工夫をこらし、当時の藩内で催された華展にて目覚ましい活躍をしたことから、開催された城内の「錦城の間」の名を流派名として名乗ることを許され、錦城古流と称しました。

以降、松野源之丞理鶴の初代から数えて十代(錦城古流と称して四代)となります。

また、当流の「流紋」は14弁の菊で表しています。皇室と同じ菊紋であることから警視庁に申請し大正15年に許可を受けました。

七代家元は、維新後東京に住みました。本郷宝来町付近(現在の東京都文京区)に居があったと伝えられています。明治41年の生花本(現代の作品集のようなもの)に七代の作品が掲載されています。


3.北海道との関わり

家元を継いだ八代理鶴(1891年生)の奥様が北海道美唄市や三笠市に縁のある方でした。

1923年、関東大震災の折に一時北海道に疎開されましたが、北海道の地でも華道教授を熱心に行いました。

その後東京に戻りましたが、再度第二次世界大戦終了後に美唄にいた親戚に誘われて東京から移住しました。当時は美唄、三笠、岩見沢は炭鉱の街で、たいへん景気も良く人の往来も活発でした。八代家元は美唄市に在住し同時に華道教授を再開します。

戦後まもなくのころ、美唄市の消防署の二階を借りて開催した流展は、戦後の暗い空気を一気に払拭するような明るさと希望を見るものにもたらしたと伝えられています。

多くの弟子を得た八代家元は、地域と弟子たちの後押しで道都札幌へと居を移します。札幌でも意欲的に活動を続け、現在に続く「北海道いけ花連盟」結成や「北海道いけばな百人展」の開催に大きく貢献しました。いけ花連盟では、初代の常任理事長に就任しています。

その後、弟子が全国に広がる勢いを見せ、家元として東京での活動を要望され、東京・茨城・札幌を行き来しながら流派の発展に尽力しました

4.八代家元の逸話(北海道時代)

八代理鶴には、数々の逸話があります。

華道に邁進し熱心に教授していたのはもちろんですが、型にはまらない奔放な言動や溌剌とした作品が伝えられています。

生花店から購入する花材以外にも、自分で山や野を歩いて花材を採取しました。
ある時は炎天下に蓮の花を採取しました。蓮の花は水草で、水から引き抜いて茎を切るとすぐに萎れます。特に昼は水が下がりやすいものです。商売で生花材料として採取する場合は、萎れないように涼しい早朝などに行うものです。その蓮の花を全く動じず飄々として昼に採取し、その後自宅に戻ってから水揚げをすると、これが素晴らしく生き返り、見事な作品に仕上げたと伝えます。

八代家元の生けた生花、「蓮の三世生け」は、気品のある見事な作品です。

また、北海道の木や花は本州のものとは趣が違います。ぐっとコブシのある太い木や暴れた枝など、北海道の荒々しさをそのまま表したような花材もあります。本来はスラリとした生花の型に、この暴れた枝を配して仕上げた個性あふれる作品は、見るものを魅了したと伝えられています。

5.九代家元から現代へ

九代は、八代家元の娘さんが継ぎました。東京に在住し、現代の流れにも敏感に反応し自由花にも深い造詣を表します。そのころには、弟子は東海・関東・茨城・北海道と各地に広がり、多くの支部ができ興隆しました。

現在、十代家元(東京在住)は温故知新を取り入れ、過去の花型を踏襲し一時忘れられていた花型を復活させるとともにデザイン性の高い自由花にも積極的に取り組み斬新な作品に挑戦しています。

新古を取り入れ、毎日のくらしのなかでいけ花を楽しめるよう、活動しています 。

6.支部独自の活動へ
現在、錦城古流は東京本部、茨城支部、北海道支部の三支部で活動しており、それぞれの支部で独自の活動を行っています。北海道では、会員同士の交流を行いながら、長く伝えてきた伝統の生花の形、より斬新な形を求める自由花、生活に寄り添うフラワーアレンジメントなど、広く普及するために活動を続けています。

  ( 錦 城 古 流 北 海 道 支 部・記)